東京オリパラのレガシーとは?「障害者」ではなく「特有者」に

東京オリンピック2020ニュース

東京五輪には様々なレガシーが期待されていた。しかし新型コロナウイルス(COVID-19)により経済効果は幻と消え、日本国民は「開催強行」派と「防疫完璧」派に分断されてしまった。「もしかしたら負の遺産のほうが多くなってしまったのでは」という思いすら頭をよぎる。

東京2020オリンピック・パラリンピックで一番の注目は、パンデミック下で開催されるか否かだった。ほぼ無観客で運営面で四苦八苦しながらも、どうにか次のパリ五輪にバトンを繋いだ。コロナ禍で1年延期され、ギリギリまで主催に賛否両論あった中で、最後まで大会を終えたことに、人々は胸をなでおろしていることだろう。

猛烈な逆風が吹いていた最中で、最低限のノルマを果たした。しかし、行われた事実だけで、満足してしまうのは、ちょっと寂しくはないだろうか。決して遅すぎるということはない。2021年に行われた東京オリンピック・パラリンピックの素晴らしい遺産を今からでも創ろうではないか。そう意気込んで、ペンを走らせた。

ジェンダー平等が進展、 パラリンピアンが史上最多

今回の東京大会では、オリンピック史上初めてトランスジェンダーの女性であるローレル・ハバード(ニュージーランド)が、ウエイトリフティング(重量挙げ)女子87kg超級に出場し、金メダルを獲得した。

この結果に対しては様々な意見があるが、ダイバーシティに取り組んでいるという姿勢を垣間見ることが出来た。

また、パラリンピック参加選手数が史上最多となり、東京大会は、インクルーシブなイベントになった。あくまで、観客を除いてだが……。

オリンピックとパラリンピックの記録が拮抗 逆転する事例も

東京2020オリンピック・パラリンピックで注目された競技に走り幅跳び(男子)がある。オリンピックは、ミルティアディス・テントグル(ギリシャ)が、8m 41cmを跳び金メダルに輝いた。

パラリンピックのT64クラス(片足の膝から下が義足)では、マルクス・レーム(ドイツ)が、東京オリンピック金メダルの記録を上回るのではと多くのファンが期待を寄せていた。

それもそのはず。直前の2021年6月に行われた欧州選手権で8m 62cmの世界新記録を樹立して、東京に乗り込んできたのだ。

結果は、マルクス・レームがパラリンピック三連覇を達成したものの、8m18cmで自己ベスト更新とはならなかった。それでも、東京オリンピック4位エウセビオ・カセレス(スペイン)と同じ距離を飛んでおり、銅メダルを獲得したマイケル・マッソ(キューバ)の8m 21cmまで、わずかに3cmだった。

パラリンピックでは、アスリートの努力はもちろんだが技術革新も進んでおり、世界新記録が度々更新され、時にはオリンピックの結果を上回るようになってきている。

東京大会では、陸上男子100メートルT11(視覚障害)金メダルのアサナシオス・ガベラス(ギリシャ)が、10秒82で世界記録を更新した。

例えば、2016年のリオデジャネイロ五輪・陸上男子1500メートルは、マシュー・セントロウィッツ(アメリカ)が3分50秒00のタイムで優勝した。

一方、リオパラリンピックの男子1500メートルT13(視覚障害)では、3分48秒29という大会新記録でアブデラティフ・バカ(アルジェリア)が金メダルを獲得。銀メダリストのタミル・デミセ(エチオピア)は3分48秒49でフィニッシュ。ヘンリー・キルワ(ケニア)は3分49秒59で銅メダル。そして金メダリストと双子の兄弟であるフォーダ・バカは3分49秒84をマークと、実に4人のランナーが、直前に行われたオリンピックの金メダルの結果を上回った。

装具の発展に伴い、陸上競技などでオリンピックより良い記録が今後、さらに出てくる可能性は、十分にあるだろう。

「本当に障害者なのか?」障害とは多様な社会を構成する個性

ハンディキャップを感じさせない活躍を見せる、これらのパラリンピアンたちを「障害者」と呼ぶのは、果たして適切なのだろうか。

そもそも、一般的に広く「障害を持つ」とみなされている人々は、本当に障害者なのだろうか。スポーツの例は前述の通りだが、音楽、数学、アートといった分野でも、障害を持ちながら傑出した才能を発揮する人々がいる。これは、能力の欠落ではなく、特化ではないだろうか。

自閉症や知的障害の人のなかには、一般の常識では考えられないような能力を持つ人がいる。ノーベル賞作家の大江健三郎の息子である大江光は、知的障害を持ちながら、作曲家としての才能を開花させた。

映画『レインマン』でダスティン・ホフマン演じるレイモンド・バビットのモデルになったキム・ピークはサヴァン症候群で、膨大な量の本の内容を暗記し、複雑な計算をまるで計算器を使っているかのように簡単に暗算できる能力があった。

英国のアーティストであるスティーブン・ウィルシャーも同じくサヴァン症候群だ。少し見ただけで、まるで写真を撮ったかのように景色を正確に記憶し、ディテールまで描くことが出来る類まれな能力がある。

これらの人々は、日常生活では手助けが必要な一方で、私たちの想像の範囲を超える特殊能力を備えているのだ。

例えば目の見えない人は一般的に障害者とされるかもしれない。しかし、健常者と言われる人々が点字を指の感覚だけで読めるようになるのは簡単なことではない。仮に地下鉄で事故が発生して停電した場合、暗闇での移動で有利なのは視覚障害者の方だろう。この様に、障害者の方が健常者より得意なこともあるのだ。

言葉を変えると同時に色眼鏡を外すべき

大多数の人々の常識という色眼鏡を通して、欠落している様に映る部分だけを見て「障害者」と決めつけるのは、軽率過ぎはしないだろうか。能力が全く同じ人間が、この世に二人といるわけがない。万人が全く同じ人間の社会を想像すると、個性も多様性もなく、味気ないものに感じられる。人は誰しもが唯一無二の存在。十人十色だからこそ、人々が支え合って絆が深まり、魅力的な社会が築かれるのである。

近年、多様性を認めるべきという見方が重要視されるようになってきているが、それにはしっかりとした根拠があるのだ。社会が変わり、時代が変わるにつれて、言葉も変化するものだ。日本の革命期だった文明開化の時代、多くの言葉が西洋から入ってきた。「障害者」という呼び方は、もう時代遅れではないだろうか。

「障害」という言葉が、どれだけ多くの人々の心を傷つけているか認識すべきである。

ここで新しい呼び方を提案したい。「身体障害者」(英語:Physically disabled. Physically handicapped)は「身体特有者」(英語:Physically distinctive)。そして「精神障害者」(英語:Mentally disordered. Mentally disabled)は「精神特有者」(英語:Mentally distinctive)と言い換えるのはどうだろうか。

同じく「身体障害」(英語:Physical disability. Physical handicap)は「身体特有性」(英語:Physical distinctiveness)。そして「精神障害」(英語:Mental disorder. Mental disability)は「精神特有性」(英語:Mental distinctiveness)と呼ぶのはどうだろうか。

医学用語を今すぐに変える必要はない。人々の健康と命を預かる医療現場を混乱させるのは、望むところではない。しかし、社会で一般的に広く使われる表現は、変えるべきである。

例えば私たちが「ウサギ」と呼ぶ動物の学名は「Leporinae」だ。一般名と学名があっても支障はないはずだ。このように言葉を変えるだけで、身体特有性を持つ多くの人々や、その家族が惨めに思う気持ちから、いくぶん救われるに違いない。

「特有者」と「特有性」という言葉を東京のレガシーに

1964年から半世紀以上を経て二度目の開催となった東京オリンピック・パラリンピックのレガシーとして「身体特有者」と「身体特有性」、そして「精神特有者」と「精神特有性」という言葉を生み出し、後世に残すことを提案したい。

東京2020オリンピック

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著者:長田拓也 Takuya Nagata. Amazon Profile

小説作家、クリエーター。ブラジルへサッカー留学し、リオデジャネイロにあるCFZ do Rio(Centro de Futebol Zico Sociedade Esportiva)でトレーニングに打ち込む。日本屈指のフットボールクラブ、浦和レッズ(浦和レッドダイヤモンズ)でサッカーを志し、欧州遠征。若くして引退し、単身イングランドに渡り、英国立大学UCAを卒業。スペイン等、欧州各地でジャーナリスト、フットボールコーチ、コンサルタント等、キャリアを積む。クリエーティヴ系やテクノロジー畑にも通じる。社会の発展に寄与するアート・ムーブメント『MINIЯISM』(ミニリズム)とナレッジハブ「The Minimalist」(ザ・ミニマリスト)をローンチ。ダイバーシティと平等な社会参加の精神を促進する世界初のコンペティティヴな混合フットボール「プロプルシヴ・フットボール」(プロボール)の創設者。『Football Game Sphere』(フットボール・ゲーム・スフィア)でも執筆。
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