異例づくしのユーロ2020

ユーロ(欧州選手権)フットボール・ゲームズ

サッカーの欧州選手権(ユーロ2020)は、実際には2021年に開催されることとなった。新型コロナウイルス(COVID-19)の世界的大流行により、東京五輪と同様に延期を余儀なくされたのだ。

登録選手は、パンデミックによる昨シーズンの過密日程を考慮し、交代枠を5人(延長戦では6人目も可)に変更。感染による離脱の可能性を踏まえて登録選手も従来の23人から26人に拡大された。

通常は1、2カ国での開催のところを、多くの都市で大会を開催することにしたため、準備に非常に多くの労力を費やした。しかも国境をまたいで多くの人々が移動するため、感染拡大のリスクも通常のフォーマットより増し、非常に難しい大会運営となった。

ユーロ2020は11カ国で共催

ユーロ2020予選

ユーロ2020には、欧州サッカー連盟(UEFA)に加盟する55カ国が参加し、そのうち24チームが予選を突破した。

ユーロ2020予選の抽選会

“死の組”

ユーロ2020の予選で、ポルトガルの調子が上がらず予選グループBを2位で通過したため、前回王者でありながら本大会の抽選でポット3に入った。ポルトガルの入るグループは、いわゆる“死の組”になるのではないかという予感があった。そして形成されたグループFは、思っていた以上の苛烈な組み合わせとなった。

ユーロ2020本大会の抽選会

欧州選手権3度の優勝、3度の準優勝を誇り、国際大会にめっぽう強いドイツ。そして前回ユーロ2016で準優勝し、2018年ワールドカップで見事に優勝を果たしたフランス。FWキリアン・エムバペ、MFポール・ポグバといったスター選手を擁し主要大会で連続して決勝まで進出し、おそらく名実ともに現在、世界最強のチームだろう。

多くの有力選手が落選するほどのタレントの宝庫でありながら、問題を起こして一度は追放したカリム・ベンゼマを、ディディエ・デシャン監督は5年の空白期間を経て恩赦を与えた。レアル・マドリードをクリスティアーノ・ロナウドが去って以来、その穴を埋めるべくベンゼマは輝きを増した。実力的に申し分なく、その至宝を呼び戻し、フランス代表は万全の態勢で臨む。

古豪ハンガリーも決して簡単に勝てる相手ではない。

「ユーロ2020」本戦に出場する全24チーム

開幕

開会式のセレモニーは、パフォーマンスそしてスタンドともにソーシャルディスタンス(社会的距離)を保って、イベントが催された。

ユーロ2020開幕セレモニー

また、バーチャルセレモニーも行われ、デジタル化が進む社会を象徴するかのようだった。

ユーロ2020バーチャル開幕セレモニー

グループステージ

「ユーロ2020」本大会に出場した24カ国中、16チームが決勝トーナメントに進出した。

グループA首位のイタリアが「勝ち点9、得失点差+7」で最もハイスコアだった。他には、グループBのベルギーとグループCのオランダが3戦全勝だった。

グループFは、勝ち点5~2の間に、フランス、ドイツ、ポルトガル、ハンガリーの全4チームがひしめき、予想通りの大混戦となった。

「ユーロ2020」グループステージ

決勝トーナメント

ユーロ60回大会を祝うにふさわしく、決勝戦はサッカーの母国イングランドの聖地ウェンブリー・スタジアムで行われることとなった。

ラウンド16

ウェールズ 0–4 デンマーク
イタリア 2–1 オーストリア
オランダ 0–2 チェコ
ベルギー 1–0 ポルトガル
クロアチア 3–5 スペイン
フランス 3–3 スイス (PK戦: フランス 4–5 スイス)
イングランド 2–0 ドイツ
スウェーデン 1–2 ウクライナ

ユーロのラウンド16では、デンマークが、病に倒れたクリスティアン・エリクセンを勇気づけるように、ウェールズに完全勝利を収めた。

オーストリア敗退したものの、調子のいいイタリアに最後まで善戦した。

前回大会で本戦出場を逃したオランダは今大会でラウンド16に進出した。しかし退場者を出して墓穴を掘りチェコに屈した。

優勝候補同士ベルギーとポルトガルの一戦は拮抗した戦いだったが、ベルギーが何とか前回王者を振り切った。試合終了を告げるホイッスルを聴くとポルトガル主将クリスティアーノ・ロナウドは、呆然と立ち尽くした。クリスティアーノ・ロナウドの勇姿を再びユーロで見ることは出来るのだろうか。

技術力の高いクロアチアとスペインの対戦は、大量得点で観るものを楽しませる好ゲームとなった。オウンゴールを喫したスペインGKのウナイ・シモンは、その後に崩れることなく何度もスペインを救い、精神的な強さを見せた。ウナイ・シモンは自らのミスで先制点を相手に献上しながら、勝利の立役者の一人になったと言っていいだろう。

世界王者フランスに、スイスは最後まで食い下がった。そして突入したPK戦では全員が決めて、フランスの5人目キリアン・エムバペのキックが甘いコースに飛び止められた。世界の至宝と評され、これまで順風満帆だったフランスのエースに残酷なまでの試練が訪れた。まだ若いが、チャリティーにも尽力する人格者でもある。しばらく眠れない日々が続くだろうがこの苦境を乗り越えて、また一回り大きくなった怪物を目にするのが待ち遠しい。

イングランドとドイツがウェンブリーで対戦。因縁の対決は、イングランドがホームで完封勝利した。

スウェーデンとウクライナの対戦は拮抗し、延長戦に突入。そして退場者を出したスウェーデンが最後に力尽きた。ウクライナは同国史上初の決勝トーナメント進出と8強を達成。ウクライナの元スター選手だったアンドリー・シェフチェンコ監督は、自身の選手としての記録を上回り会心の笑みを浮かべた。

準々決勝

スイス 1–1 スペイン (PK戦: スイス 1–3 スペイン)
ベルギー 1–2 イタリア
チェコ 1–2 デンマーク
ウクライナ 0–4 イングランド

準々決勝では、スペインがスイスに対してボール支配率で66%:34%、枠内シュートで10本:2本と圧倒しながら、120分戦って引き分け。スペインはPK戦で辛くも準決勝進出を決めた。スイスはラウンド16のフランス戦に次ぎ、2試合連続で競合相手にドローに持ち込んだ。スイスは各選手が最大限の力を発揮し重要な場面で得点を奪い、完成度の高いチームだった。

近年、成長著しいベルギーに対して、伝統的な強豪国イタリア。イタリアは、今大会で絶好調で、自力で新興勢力を押し切った。ベルギーは主将でエースストライカーのエデン・アザールの負傷欠場が響いた。スタンドで試合観戦したエデン・アザールは、なんともやるせない表情を見せていた。

チェコとデンマークの試合は、拮抗した好試合となった。堅実なサッカーでデンマークが勝利をものにした。

ウクライナは同国史上初のユーロ準決勝進出となったが、90分を通して、なかなか相手ゴールに迫ることができなかった。アンドリー・シェフチェンコ監督は、完敗を認めた。

イングランドは、圧倒的な実力をみせた。ホームのウェンブリー・スタジアムで試合をして、この大会を終えるという目標が大きなモチベーションにもなった。イングランドは、国内に世界最大の経済規模を誇るリーグがありながら、国際大会での優勝から長らく遠のいている。サッカー母国の伝統を重んじ、最新の世界のサッカーのスタンダードからずれていることが一つの理由でもある。

しかし、そのイングランド伝統のサッカーを古めかしいままにせずに、どの国も真似できないほどにレベルを高めてアップデートしている。次なるビッグタイトルは、そう遠くないと感じさせた。

準決勝

イタリア 1–1  スペイン (PK戦: イタリア 4–2 スペイン)
イングランド 2–1  デンマーク

イタリアとスペインの試合は、ボールポゼッションを35%:65%でスペインが支配した。シュートの数でも7本:16本とスペインが2倍以上。しかし枠内に飛んだのは両チームとも4本で同じだった。イタリアも攻撃的なチームで、力が拮抗した実に見ごたえのある試合だった。

イングランドはホームで先制点を献上するという不覚を取ったが、同点に追いついた後は、安定した試合運びで、延長戦の末に勝利をものにした。

決勝戦はイタリアとイングランドがウェンブリー・スタジアムで戦うことになった。

決勝

イタリア 1–1 イングランド (PK戦: イタリア 3–2 イングランド)

イタリアがPK戦の末、イングランドを倒し、1968年以来、53年ぶり2度目の優勝を果たした。

イングランドはユーロ初制覇はならなかった。母国で行われた1966年ワールドカップでは優勝していただけに、聖地ウェンブリー・スタジアムに足を運んだ地元ファンは、ひどく落胆した。

データとは異なる試合の実態

データだけ見れば、ボールポゼッションが「イタリア61%:イングランド39%」、シュート数がイタリア20本(枠内6本)に対してイングランド6本(枠内1本)。イタリアが試合内容で圧倒していたように映るが、実態はそうではない。

大きなきっかけがキックオフ直後に2分に訪れた。攻め入ったイタリアの中盤にぽっかりと穴が空き、数人のイングランド選手が完全にフリーになったのである。そのようなすきをイングランドが見逃すはずもなく、しっかりと得点につなげた。自国のホームスタジアムでリードするというのは、非常に大きなアドバンテージだ。

完全アウェーという状態を考えれば、もっと手堅く試合に入っていくのが普通だろうが、イタリアはかなり前のめりになっていた。イタリア代表を攻撃的なチームに生まれ変わらせたロベルト・マンチーニ監督も、手を大きく挙げて選手たちに対して「どうしたんだ」と言わんばかりの大失態だ。

コンパクトにして中盤のスペースを与えずに試合に入るのは、サッカーの定石のはずだ。イタリアは立ち上がりで不覚をとったと言わざるをえない。

しかし試合が始まってすぐに失点したことで、イタリアの戦い方は、はっきりした。攻撃するしかなくなったのだ。

イングランドは「たなぼた」の甘い誘惑に負けた

一方イングランドにとって、この1点リードは「たなぼた」のようなもので、甘い誘惑に迷いが生じてしまった。「このままリードを守れば優勝だ」という考えが選手たちの頭をよぎったことだろう。

今大会では、うまく組織されたイタリアの攻撃は非常に見事だった。まるでユヴェントスを観ているような、ビッグクラブレベルの成熟したコンビネーションだった。

しかし、イングランドもイタリアに対抗できるくらいハイレベルの攻撃力があったのだ。個々の選手の破壊力では、イタリアに勝っていた。空中や足元どこからでも得点が取れるハリー・ケインを主砲に起き、スピードがあり切れ味の鋭いラヒーム・スターリングをその脇に配置する布陣は迫力満点だった。

しかし、イングランドはその有効な武器を隠して自陣に引いてしまったのだ。大きな大会になればなるほど言えることだが、イングランドは失点が怖くなり守備一辺倒になってしまった。

守れるが得点が取れないというのは、イングランドの長年の課題だった。しかし、近年のイングランド代表は、守れて得点も取れるチームに進化していたのだ。ところが、この正念場で悪い癖が出てしまった。守備にあまり自信がないチームであれば攻め続けただろうが、イングランドは守りきれると踏んでしまったのだ。

イタリアに「ボールを支配された」のではなく「ボールを持たせた」

今回のイングランドが以前と異なる点は、攻める力があるのに攻め続けなかったことだ。「攻め手がない」のでなはく「攻めないでおこう」と思ってしまったのだ。イングランドはイタリアに「ボールを支配された」のではなく、イタリアに「ボールを持たせておいた」のである。これが、冒頭に述べた「データと実態が異なって見える」ということだ。

イングランドは今後に期待

しかし、イングランドは今後に向けて多くのポジティブな点もあった。イングランドは伝統のスタイルを維持しつつも、細部では様々な進化を遂げて、国際大会にも通用しうるチームになった。有望な若手選手も多く育っている。これは世界主要リーグであるイングランド・プレミアリーグが、積極的に国際化を推し進めたことが資するところも大きいだろう。

見事なイタリアのサッカー

年間の活動期間の短い代表チームで、ロベルト・マンチーニ監督は見事なチームを仕上げた。堅守が特徴のイタリアサッカーだが、そこに攻撃的なマインドを植え付けた。今大会のイタリアは、実にスペクタクルなパフォーマンスを見せ、優勝に相応しいチームだった。

職人芸の守備は玄人が観ていると面白いが、初心者といった幅広い層には理解するのが難しい。誰にでもわかりやすい、どんどんゴールを目指す姿勢というのは、サッカー界全体のことを考えても、重要ではないだろうか。

近年、多くのエンターテイメントがあふれており、それらに太刀打ちしうる魅力をサッカーは維持し続ける必要がある。そういう意味でも、勝利に徹して守備偏重になるのではなく、攻撃サッカーを貫いて優勝したロベルト・マンチーニとイタリア代表チームは、高く評価されるべきだろう。

「ユーロ2020」決勝トーナメント

ユーロ2020ベスト11

UEFAのテクニカルオブザーバーは、ユーロ2020のベスト11に、優勝したイタリアから最多5選手、準優勝のイングランドから3選手を選出した。

イタリアのゴールキーパー、ジャンルイジ・ドンナルンマは、グループステージの全3試合で完封し、大会最優秀選手に輝いた。

GK
ジャンルイジ・ドンナルンマ(イタリア: ACミラン)

DF
カイル・ウォーカー (イングランド: マンチェスター・シティ)
レオナルド・ボヌッチ (イタリア: ユヴェントス)
ハリー・マグワイア (イングランド: マンチェスター・ユナイテッド)
レオナルド・スピナッツォーラ (イタリア: ローマ)

MF
ピエール=エミール・ホイビュルク (デンマーク: トッテナム)
ジョルジーニョ (イタリア: チェルシー)
ペドリ (スペイン: バルセロナ)

FW
フェデリコ・キエーザ (イタリア: ユヴェントス)
ロメル・ルカク (ベルギー: インテル・ミラノ)
ラヒーム・スターリング (イングランド: マンチェスター・シティ)

ユーロ2020まとめ

ユーロ2020に優勝したイタリアや準優勝したイングランドは前評判が高かった。世界王者のフランスやベルギーもタレント揃いだった。クリスティアーノ・ロナウド擁する前回ユーロ大会王者のポルトガルも観る者を楽しませるチームだった。今大会では、絶対的な優勝候補という存在がおらず、実力が拮抗していた。

2008年大会と2012年にユーロを二連覇したスペインは、頭一つ抜けた存在だった。今大会のスペインは、前評判は高くなくグループステージで大苦戦したが、決勝トーナメントに進出しても、やはりボールポゼッションのスキルで負けることはなかった。現在、スペイン代表の実力が世界一あるいは欧州一とは言い難いが、スペインサッカーのスタイルが世界の潮流として一定の支持を受け続けるだろう。その背景の一つに、近年のルール変更がある。

ゴールキックをペナルティーエリア内で受けられるようになったことで、自陣深い位置からのビルドアップをできるか否かで、戦い方の幅が大きく変わるようになったからだ。ユーロ2020でも、ディフェンダーやゴールキーパーからのビルドアップの重要性は再確認された。

UEFA(欧州サッカー連盟)は、ユーロ60回大会の11カ国共催という大きなプロジェクトで、コロナ禍という逆風に遭い感染拡大と戦いながら、どうにか乗り切った。その直後に開催される、主要な国際スポーツ大会である東京2020オリンピックの運営にも、観客動員数といった、少なからぬ影響を与えたことだろう。

ユーロ2020名ゴール集

ユーロ2020全ゴール

著者:長田拓也 Takuya Nagata. Amazon Profile

小説作家、クリエーター。ブラジルへサッカー留学し、リオデジャネイロにあるCFZ do Rio(Centro de Futebol Zico Sociedade Esportiva)でトレーニングに打ち込む。日本屈指のフットボールクラブ、浦和レッズ(浦和レッドダイヤモンズ)でサッカーを志し、欧州遠征。若くして引退し、単身イングランドに渡り、英国立大学UCAを卒業。スペイン等、欧州各地でジャーナリスト、フットボールコーチ、コンサルタント等、キャリアを積む。クリエーティヴ系やテクノロジー畑にも通じる。社会の発展に寄与するアート・ムーブメント『MINIЯISM』(ミニリズム)とナレッジハブ「The Minimalist」(ザ・ミニマリスト)をローンチ。ダイバーシティと平等な社会参加の精神を促進する世界初のコンペティティヴな混合フットボール「プロプルシヴ・フットボール」(プロボール)の創設者。『Football Game Sphere』(フットボール・ゲーム・スフィア)でも執筆。
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